「あつ森」世界ではなぜインフレが発生しないのか

はじめに

2020年3月に発売され、大ヒットした「あつまれ!どうぶつの森」(以下、あつ森)。発売からもうすぐ一年経つが、その人気は衰えていない。

 

この作品の一番の魅力は現実とは異なる世界で自由気ままに生活ができるという点だろう。

 

現実と同じ時間が流れ季節が変化していくが、そこは確実に今いる世界とは異なる。その世界に入り込むことで人々は現実を忘れて楽しむことが出来るのだ。世界自体も異なるが、そこで共有されている世界観も現実とは異なる点がいくつもある。動物たちが二本足で立って会話するという本作の一番の魅力となる点についてはここでは触れないにしても、例えばプレイヤーだけがズボンをはいており、他の住民たちはズボンをはいておらず、それが当たり前であるという社会習慣が存在する。これは非常に奇妙な世界観だ。これ以外にも多くの興味深い世界観が存在するが、私が気になったのは貨幣についてだ。

 

「あつ森」の世界では、流通している貨幣量は無限だと思われる。プレイヤーは所持金を増やそうと思えば、株をやりとりするなどして際限無く増やすことが出来る。個人の財産が最初から無限にあるという訳ではないので、流通量を無限に増やすことができるということだ。古典派の貨幣数量説に従えば、貨幣量が上昇するとそれに比例して物価も上昇する。よく使用される式は、

 

  MV=PT

 

であり、Mが貨幣量、Pが物価水準を表している。Mが無限に上昇できるならばPも無限に上昇していくはずだ。しかし、「あつ森」世界ではインフレが起こっているとは思えない。ゲーム内に現れる様々な商品は基本的に価格は一定であり、季節、曜日、時間に左右されない(特殊な変化をするカブについてはここでは一旦置いておくことをお許し頂きたい)。

 

貨幣の大量発行によってインフレが起きることは第一次世界大戦後のドイツの例などで多くの人の常識となっていることだろう。しかし、「あつ森」世界ではたぬき商店でつりざおを1つ買うために財布に入りきらないほど大量の貨幣を運んで行かざるを得ないという状況には今のところなっていない。

 

これはなぜだろうか。現実社会とは異なる世界なのだから現実とは異なる仕組みがあって当然だと言えばそれまでだが、果たして本当にそうだろうか。私には「あつ森」世界の経済システムを考えることが、現実世界の資本主義経済システムを理解する手助けになるのではないかと思う。

 

そこでここでは「あつ森」世界の経済システムについて明らかにする。まず第1章で「あつ森」世界の経済と貨幣の基本についてその特色をまとめる。次に第2章で貨幣量と価格の問題を考えていきたい。

 

以下、順に説明していくに当たって注意しておきたい点が2つある。1つ目は、この点が最も重要なのだが、「あつもり」世界の住人は基本的には経済活動をする必要は必ずしもないという特殊な状況にいるということだ。それは現実世界の人間が生きるために必ず必要な「食べ物を食べる」という行為がゲーム内では必要ないからである。

 

2つ目は、他人の島に行き来するという行動をここでは考えないことである。本ゲームは現実世界の友人と通信することで他の島に行ったり来たりして、自分の島にはない果物や商品を手に入れることが出来る。しかし、これは現実世界の行動を含む必要があり、この点を考慮すると論が複雑になってしまうので、ここではプレイヤー一人だけ島の中での経済について考えたい。

 

1.「あつ森」世界の経済システム

「あつもり」世界における貨幣の性質

まず最初に「あつもり」世界の中で貨幣がどのような性質をもっているのか考える。

 

まず種類については通貨単位「ベル」で統一された1種類である。種類は1種類だが形状は2つある。すなわち1,000ベル未満だと金色のコインの形をとり、1,000ベル以上になると茶色の袋に入れられた形で現れる。金色のコインはDIYで作成することができないため、材質は不明である。形は円形で真ん中に星のマークが刻印されている。シンプルなデザインだ。現在流通しているのはこのコインの形であるが、過去に札の形で流通していた可能性がある。DIYで「マネーなゆか」が作れるのだが、その床は明らかに札の模様をしているのだ。しかし、札が見られるのは管見の限りこの「マネーなゆか」のみであり、現在は流通していないと思われる。また、ベルを材料として作れる商品はこの「マネーなゆか」のみである。現実社会では貨幣に加工を加えることは禁止されているが、「あつ森」世界では許容されているようだ(そもそも法律が見当たらない)。さらに、この「マネーなゆか」は50,000ベルを材料するが、たぬき商店では25,000ベルで売れる。このことから、ベルの素材としての価値は額面価値よりも低いのではないかと推測できる。

 

ベル以外に貨幣の機能を持っているものとしては、「ベルひきかえけん」と「したてやクーポン」、「ローランのひきかえけん」がある。「ベルひきかえけん」は500マイルで交換し、たぬき商店で売却することで3,000ベルに換えることができる。これがマイルからベルに換金する唯一の方法となっている。「したてやクーポン」はことのからもらうことが出来、エイブルシスターズの店で3,000円以内の商品と交換が出来る。性格としては商品券といったところだろう。ローランの引換券は買ったラグのサイズによって何枚かもらえるが、1枚では使用できず5枚セットで3,000ベル分のかべかゆかと交換できる。

 

次に、貨幣量について考えたい。「はじめに」で指摘した通り、流通している貨幣量は無限だと考えられる。貨幣を得る主な手段は魚、虫、海の幸をたぬき商店で売却することだが、その他にも金のなる木や岩を叩く行為、特定の風船を割ることによってお金を増やし続けることが出来る。たぬき商店で所持品を売却する際に商店側の貨幣準備不足によって売却できないという事態は未だに確認できていない。タヌポートの口座に預けることのできる上限額は未確認であり、個人の所持金に上限がある可能性はあるが、際限なくお金を生み出すことが出来るという点では無限に流通していると言える。また、「はじめに」でも書いた通り、最初期には所持金はゼロからスタートであるため、この状況は常に貨幣量が増加している状況と同じである。

 

「あつ森」世界における貨幣の流通

「あつ森」世界では貨幣はどのようなルートで流通しているのだろうか。島の内部には鋳造施設が見られないことから、他の島で発行した貨幣を大量に島に持ち込んでいると考えられる。

 

そこで、貨幣を持ち込む主体として考えられるのは、島外に行き来する人物・団体だろう。つまり、ドードーエアライン、レックス、ジャスティン、ローラン、シャンク、つねきち、レイジらである。大量の貨幣を輸送するのは航空よりも船舶のほうが適しているため、船で来島していることが確認できるつねきちは、特に多くの貨幣を船に積んで持ち込んでいる可能性がある。また、エイブルシスターズやたぬき商店でも貨幣による商品の売買が見られる。彼らの商品も島外から来ているだろうことを考えると、その際に貨幣も輸出入しているのではないだろうか。特にたぬき商店では取引される貨幣量が多いため、その輸入量も多いだろう。

 

住民の経済活動

次に「あつもり」世界の住人(プレイヤー以外の動物たち)がどのような経済活動をしているのかについて考察する。彼らの行動にはパターンあり、明らかに観測ができる経済活動に関しては次の3つを挙げることができる。

 

①プレイヤーとの物々交換

②プレイヤーに対する自分の所持品の売却

③プレイヤーに対する物品の買い取り

 

また、実際にその行動を観察することはできないが、従事している可能性が高い経済活動として次の行動が挙げられる。

 

エイブルシスターズやたぬき商店、空港での商品の購入や所持品の売却

 

以下、それぞれの行動について説明していく。

まず①については、基本的にプレイヤーが所持品を住人に対して贈与したときに発生する。ただし、価値の低い物や住民の好みに合わないものを贈与した場合には返礼がされないことがある。また、渡そうとしても受け取ってもらえない物として、貨幣と博物館に寄贈していない魚や昆虫などがある。魚や虫は渡そうとしても、博物館に寄贈するように勧められる。住民たちは魚や昆虫を島全体の財産として見ているようで、自身の良心によって受け取らないのである。また、貨幣に関しては筆者の島にいる住人、タケルの「悪いけど、コレは受け取れないぞー オイラ オマエから、おこづかいをもらう理由は ないからなー」という台詞からも分かるように、ただ彼の良心に従って受け取ろうとしない。他の商品は無条件に受け取ってくれることを考えると、彼らは貨幣を他の商品とは区別して特別視していることが分かる。例外として、「春節のお年玉」などのお年玉袋に包んで渡すことで貨幣を受け取ってもらうことが出来る。

 

次に②と③を合わせて説明する。これは悩みマークの出ている住人に話しかけた場合に起こる。住人が間違えて二つ買ってしまった物を売ってくれたり、プレイヤーの所持品を買い取りたいと言ってくる。多くの場合、相場とは異なる値段で売買してくれるようだ。プレイヤーに所持品を売る行動からは、住民が貨幣を必要としていることが分かる。収集趣味とも考えられないので、貨幣を得る目的は店で使用することだろう。住民が島内で貨幣を使用すると考えられる場所はエイブルシスターズやたぬき商店、メッセージカードの購入と限られている。メッセージカードを贈るには空港で購入する必要があるが、プレイヤーのもとにたまにメッセージカードが届くことから確実に購入していることが分かる。住民がエイブルシスターズやたぬき商店で商品を物色している様子は見られるが、実際に購入している姿はみることができない。しかし、以上の事実から彼らが店で商品を購入していることは確実だろう。

 

 さて、まだ第1章も書き切っていないが、既に4,000字を越えるほど長くなってしまったので続きは次回、明日にでも書きたいと思う。そこでは1章の続きとして住民の経済観、貨幣に価値を与えているものを考察した上で、2章で価格や貨幣量の問題について述べたい。