書評 ナボコフ『ロリータ』Part.2
前回の『ロリータ』の続き
前回、訳がすごいと書いたのだが、注釈では若島さんから我々読者に対していくつかの問題が提示されている。いくつかを解いてみたのでここに書きたい。
ビアズレーにいるときにハンバートがローの友達の何人かを紹介する場面。
オーパルなんとか、それからリンダ・ホール、エイヴィス・チャップマン、エヴァ・ローゼン、モナ・ダールといったところだ(一人を除いて、言うまでもなく名前はすべて近似である)。(p.335)
これに対する注釈は
実名が挙げられているその一人とは誰か、ハンバートはなぜそうしたのか、考えてみること。(p.588)
まるで大学の授業中に出された課題のようである。
最初、「モナ・ダール」がその後も何度か登場する重要人物なのでこの子かと考えたのだが、「序」の段階で名前が挙がっており、そこに匿名であることが書かれている。
それ以外の友人はその後はほとんど出てこない。
ここで一度ローがラムズデールにいたときにまで遡ってみる。ハンバートがローの学校のクラスメート全員の名前を列挙したときのことだ。そのとき、ローの前後には「ハミルトン、メアリー・ローズ」と「ホーネック、ロザリン」という人物がいる。註によればその二人の名前にroseが入ることから、ハンバートはローが薔薇のボディーガードたちを従えていると表現してる。
このことをビアズレーの友人にも適用すると、「エヴァ・ローゼン」だけは英語で書くとおそらくEve Rosenなので名前にroseが入っている。よって彼女が実名なのではないかと私は考えた。
そしてもう一つの与えられた問題は、ついにハンバートが逮捕される場面から。
優雅な動きで私は道からはずれると、二,三回大きく弾んだ後で、びっくりしている牛たちに見守られて草地の斜面を駆け上がり、そこでゆっくりと揺れながら停止した。二人の死んだ女性を結びつける、いわば念入りなヘーゲル的ジンテーゼといったところか。(p.548)
ここに対しても注釈はきちんと説明してくれない。
ここでヘーゲルの弁証法におけるテーゼとアンチテーゼが何に相当するのか、それがどのように高次の次元で止揚(アウフヘーベン)されるのか、考えてみること。(p.604)
難しい......
まず二人の死んだ女性は誰かということだけ考えたい。(この二人の女性が何かの古典の登場人物を指しているのだとしたら、私には全く想像もつかない。)この最後の場面を読んで真っ先に思いつくのは交通事故で死んだシャーロットである。もう一人の死んだ女性といえばアナベルだろうか?それ以外でなくなった女性は思いつかない。ただし、ローについては永遠に生き、そして死んでいるというようなことが書かれていたので、ローの可能性もある。対立する概念ということで考えればニンフェットと成人女性ということか?それがどのように止揚されるかと言えば......?全く分からない。ただ、ここでハンバートが逮捕されることが確定したので、ハンバートがいなくなることで両者とも魅力ある存在となったのだろうか。(全く見当外れなことを言っているような気もする。)
若島さんの他の本を調べたところ、このような本が見つかった。
調べたところ、これがロリータの解説書になっているようだ。きっと上記の問題の答えも書かれているに違いない。注文したので届いたら答え合わせをしてみたい。
さて、まとめとして全体の感想を。
訳が上手かったのもそうだが、全体的に細かい暗喩や伏線があって読み応えがあった。解説で若島さんが書かれていたとおり、読む人によって異なる印象を抱く(ポルノ小説、ミステリー小説、ロード小説など)だろうが、私は一人の男が一人の女性を異常なまでに愛したという話だと思う。ローが逃げ出して別の男と結婚して妊娠してもハンバートは彼女のことを嫌いになってはいなかった。
私はおまえを愛した。私は五本足の怪物のくせに、おまえを愛したのだ。なるほど私はさましく、獣じみて下劣で何とでも言ってくれればいいけれども、それでも私はおまえを愛していたのだ、愛していたのだ!
最後に大金を渡して別れたところからもそれが分かる。ニンフェットでなくなっても彼女を愛していた。しかし、ローにはもちろんずっと拒絶されていた。最後に彼女と別れる場面は涙を誘われる。彼女のあまりにもあっさりした態度はなんとなく悲しくなる。
その題名から世間では誤解されているような気もするので一通り読めて良かったと思う。